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No.1 1994年春・夏号 |
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会発足によせて 梅若靖記 シテ方観世流能楽師 この度、後援会を発足させていただき、またご入会賜り、厚く御礼申し上げます。 私も三歳より舞台活動を始め、今年で芸歴三十五年目を迎えます。「能」は、六百年以上も前より伝統を守り現在まで続いている芸術として、日本が世界に誇る芸術です。しかしながら、日本人一般にあまりにもなじみが無いのが現状です。能に携わる者として、そうした風潮を淋しく感じております。もっと一般の方々に、能を気軽に見に来ていただけるよう、私自身もいろいろな活動をして参りたいと思っております。また、皆様方のご意見、ご感想、そしてご質問も、是非お聞かせ下さい。 私自身、能楽師としてまだまだ発展途上ではございますが、スケールの大きな能楽師を目指して、日々精進して参ります。これからの道を皆様方と共に歩んで行きたい、と願っております。 今後とも、何卒、ご支援、御後援賜りますよう、お願い申し上げます。 ご挨拶 梅若六郎 シテ方観世流梅若家第五十六世当主 第三世梅若六郎 「招魂」発足おめでとうございます。 先日の第一回「招魂」公演では恭行叔父が『安宅』を元気に勤められ、また靖記君も私と初めて『二人静』を舞い、梅若一門でかためられた会で盛会の内に終わり、とても喜ばしいことです。これも皆様の御後援によるものとこの場をお借りして御礼申し上げます。 このような自主公演能は私も二十年ほど続けてまいりましたが、この自主公演能とは自分の勉強の場としての催しではありますが、御客様に自分の成果を問う場でなければなりません。それは技術的な部分のみに偏らず、内面的な部分も含めてのことです。 最近の能は技術的な事が優先されているように思われますが、それはプロとして最低限必要なものであり、その次の一歩が無くてはいけません。 それには、一にも二にも稽古であることは間違いありませんが、それと同時に、しっかりとした人間形成を図っていかなければなりません。この人間形成の図り方が、今後の発展に大きくつながっていくのではないでしょうか。 能は現在、総合芸術と呼ばれておりますが、この呼称に満足せず、人の思いを包み込むような能役者を目標にし、御客様に訴えることのできる能楽師になってもらいたいと思います。 靖記君は将来、私の片腕となり、人の上に立って指導しなくてはならない立場にあるはずです。私も及ばずながら最大限の御手伝いをするつもりですが、靖記君は今にも増してさまざまな努力を重ねて行かなければなりません。また、恭行叔父という御手本が身近に健在なのですから良いところをどんどん吸収してほしいと思います。 靖記君には、この「招魂」という非常に大切な場を得られたことで今後の尚一層の飛躍を望み、また最後になりましたが、皆様には今後とも靖記君への御後援のほど、よろしくお願い申し上げます。 舞台人としての梅若靖記氏へ 「招魂(おがたま)うめわかやすのり後援会」世話人代表 舟橋健介 株式会社フローリーネット代表取締役社長 梅若靖記氏と私は単なる個人的な友人であるに過ぎません。ましてや私自身は、能楽に造詣が深いわけでも詳しいわけでもありません。「おがたま」の発足にあたって、世話人会を作ったわけですが、そのメンバーは皆、梅若氏と個人的な友人という顔触れとなりました。この世話人会の全員一致した希望は、梅若靖記氏が能楽師として育っていくひとつの場を持つためにバックアップしたいということにあります。なによりもまず、彼自身を磨いて欲しい。梅若靖記氏は若いということもあり、芸はまだまだというところです。あくまでも能の基本は従来通り守りつつ、またその他のことは本人の望む形で自由に活動する下地を作れればと思ったのです。 特に強く私個人が思うことは、芸術家と芸人とは同じではない、ということです。つまり、資金的なこと、経済的なこと、一般社会で端的に経営と言われるもので芸術家が悩まなくてはならないという現状には賛成できないのです。 いわゆるプロデューサーの仕事を能楽界ではシテ方が司るわけですが、そこには限界があると思います。芸術家である能楽師は、舞台で、芸でこそ、世間に評価を問うべきで、そういうあり方をできるだけ多く持ってほしいのです。現実問題として、教えることで食べなければならないという現在の能楽界のあり方だけの能楽師では限界があると思います。そのための環境作りを手伝いたいと、常日頃から考えていました。 また、「おがたま」の世話人会はさまざまな職業の人々で構成されていますが、能楽の専門家はあえて入っていただきませんでした。それは、能楽の外堀の外にいる人の客観的な目で構成していることを特徴にしたかったからです。ですが現在、専門家によるチェック機能のためのなにか委員会的なものが必要だと痛感していますし、それは早急に必要だとも感じています。 「おがたま」を発足させ、第一回目の公演は盛況でした。ここまでは成功した、と言えるでしょう。ですが、本当の勝負はこれからで、二回目からの方がもっと大変になるでしょうし、重要です。私が心配するのは、そこのところで、そして今後の彼の芸のことです。梅若靖記師には、精進して何より芸を磨いてほしいというのが、私個人のみならず応援している全ての人の願いだということをわすれないで、能楽師としての道を着実に築いていってほしいと思います。やるのは彼なのであって、他の誰でもないのです。 第一回 招魂 演能について 座談会出席者 梅若靖記 シテ方観世流能楽師 松本雍 能楽評論家 星田良光 能楽研究家 平林直子 能楽誌「梅若」編集部 司会:ご自身独自の会を今回お作りになったわけですが、ご自身でもおっしゃっていらっしゃるように、自分の能をやりたいからだ、と。究極的には自分を育ててもらう会だ、ということで、その母体としての会「招魂」の抱負についてお聞かせ下さい。 梅若:ひとつには、父の会が公演五十回という区切りに来たということ、その中で私も舞わせていただいてきたわけですが、今度は独立して演能してみてはどうか、ということになったわけです。 まだまだ若いですし芸も未熟なので、観ていただくこともひとつですが、梅若靖記という舞台人としても、そして人間としても育てていっていただけるような後援会にしていきたい、ということです。 そして自分の会を作るに当たって、従来ですと観客の顔ぶれはいつも同じでした。そうではなくて、もっと広くいろいろな方に観ていただきたい。 活動としては、単に能を催すのみに留まらず、それを母体として、自由に動ける後援会にしたい。その活動の中のひとつとして、そして絶対的な核となるのは年1回の公演としてやっていこうと。また後援会と銘打つと今までのものと同じになってしまうので、別の名前を付けよう。私の友人の知り合いで水戸の出雲大社の方がいらして、その方が付けてくださったのがこの会の名前「招魂」です。日本でタマというのは万物でもなんでもそうなんですが、民俗学的には生命の根源。ですので育てていただくという意味合いで名前を付けていただきました。 司会:会員の方はどんな方がいらっしゃるのですか。 梅若:お弟子さんだけではなく、むしろ一般の方に広くということで、二千通位のダイレクトメールの他、広告を出したりチラシを置いていただいたり、記事として扱っていただいたりしました。二百余名の会員は一般の外部の方が大半で、お弟子さんは五、六十名ほどです。これはある程度、自分の思っていた形でスタートできた、ということです。 また、一般の会員の他に、年会費千円の友の会のようなものがあり、切符を買う義務は無いのですが、ともかくこちらからいろいろ情報を発信していき、その中で選んでいただくというのが特色です。 松本:「招魂」の演能について、どういう年代の方が多いのですか? 梅若恭行 五十四世梅若六郎(実)の三男。現在日本芸術院会員。靖記は長男。 |
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