Q: 今回は来年6月に予定されているヨーロッパ公演について、お話を聞かせていただきたいと存じます。公演実現のいきさつや、靖記さんの抱負について、読者の皆様にご紹介ください。
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A: 文化的背景の豊かなヨーロッパ、日本とはまったく異なるあの独特の文化のふところへ能を持って行きたい、というのはかねてからの私の念願でした。そして今回、パリのポンピドューセンターでの公演計画が持ちあがり、是非にと話を進めてまいりました。これはそもそも、15年目を迎えることになった[日比谷シテイ夜能]の延長線上にあります。近代的な空間においても成り立つ能という舞台芸術の普遍性を証明できたという成果を踏まえた上に実現するものです。また、来年はフランスにおける日本年になっており、その催しに参加することになります。 |
Q: 世界中のそれぞれの町にはそれぞれの個性があります。その中でも特に"パリで"と思われたのは?
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A: パリは古い歴史をふんだんに抱える町であると共に、新しいもの、例えば、ポンピドューセンターのような、また古くは、カール・マルクスが亡命し、そこで「共産党宣言」の初版を発行したというように、懐の深いところです。そしてパリの人々、その包容力、その社会文化性という受け皿の中で、実験してみたい、というのが私の夢でした。 |
Q: その公演の靖記さんの立場は?
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A: 「日比谷シテイ夜能」を持って行くので、監修は、父恭行が致しますが、私はプロデューサー的な立場として、全体を見ていきます。もちろん役者としても舞台に立ちます。 |
| Q: 公演の構成はどのように? |
A: まず第一に、にわかショー的なものではなく"本物公演"をします。全てフル公演、もちろん梅若会フル・メンバーで行います。言うなればミラノのスカラ座引越し公演を向こうにはった、梅若会そのものが引越し公演をする、ということです。 |
| Q: 演目の候補としては?これは一番重要なところだと思いますが。
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A: 「砧」「藤戸」「三輪」「景清」「隅田川」など。誰にでもわかるテーマ性があるものを考えています。「邯鄲」「井筒」などもやりたいのですが、作物(舞台上に置く装置のようなもの)の問題があります。 |
| Q: 舞台はどうなさるのですか?
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A: 本格的なものを造ります。日本から棟梁に行ってもらおうと思っています。ダクトがむき出しになっているような超近代建築の中に、能という700年の古きものを持っていきたいのですから。 |
Q: 日本の舞台芸術と海外の舞台芸術に対する考え方の違いがありますか?
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A: 芸術に対する考え方や在り方に根本的な違いがあると思います。例えば、ヨーロッパでは役者はもちろん舞台の監督も含めて、大道具・照明・音響係までアーティストである、という考え方が当たり前です。日本ではなかなかそうはいきません。 |
Q: 芸術に対する助成金制度などはどうですか?
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A: アメリカや日本には海外から芸術文化を招くための助成金やそのための団体機関が存在しますが、ヨーロッパには存在しない。そうした発想がないのです。みんな陸続きで外国から呼んでもそんなに経費がかからないから、必要ないのですね。その上、行政が全面的に芸術をバックアップしていますから。ただ日本から行くには渡航費に相当な費用がかかります。幸い、今回は日本財団や国際交流基金などから、助成が受けられそうですので助かります。ただ、それだけではまだ不足です。 |
| Q: 外国の友人を能観劇に誘うと「言葉がわからないが大丈夫か」とよく聞かれます。「大丈夫、日本人でも戦後世代はわからないほど古典語だから。感じれば十分」と説明することにしています。最後に、言葉の問題についてはご経験上どのように思われますか? |
A: 言葉がわからない外国人の方が、かえって、克明に微妙な動きや演技を象徴しようとする心理、テーマを一部も逃がさずに感じ取っているということが多々あります。ですから、言葉の問題は関係ないと思います。物語の筋はたいてい前もって、誰でも読んでから観劇に来るものですし、言葉の壁を超越した次元で必ず分かっていただけます。 |
前回に続き、OGATAMA編集局が独断で簡単な表にしてみました。尚、眠さ度とあるのは、決してつまらないという意味ではありません。心地よい幽玄の世界へ導いてくれるという意味です。ご理解くださいませ。