No.10 1999年

豊かな心の記憶
武田典子(ザ・かぶき発行人)

 私が初めて能の台本に接したのは、大学で中世国文学講義を受講した折のことである。担当教授が教材として取り上げたのは「井筒」だった。「伊勢物語」第23段の在原業平と紀有常の娘の恋物語を素材にした能。「恥づかしや、昔男に移り舞、雪をめぐらす花の袖。」などという美しい言葉の数々、まさに夢幻能と呼ぶにふさわしいこの能が、400字原稿用紙にして約5枚強(概算)の長さであることに私は驚いた。これだけの分量で、恋する女の細やかな心の動きを、深く、しかも劇的に描きだせる演劇がほかにあるだろうか。
 その驚きの対象は、実際の舞台に接するようになって、能という演劇全体に及んだ。三間(約5.4m)四方という、決して広くない空間を巧みに使いながら演じられる能。シテ、ワキ、地謡、囃子方、それぞれの音楽的要素、面や装束の到達された美、能楽師の動きの見事さなど、この演劇を磨き上げてきた長い年月の重みと支えてきたすぐれた人々の存在を、強く感じないではいられないものばかりであった。

 能をみる機会が重なるにつれて、私はまた別の興味を抱くようになった。大和猿楽(やまとさるがく)の一つ、結城座(ゆうきざ)を率いた観阿弥清次、その子の世阿弥元清が、時の将軍、足利義満に認められ、現在目にすることのできる「能」の境地にまでその内容と芸術性を高めていった背景には、一体何があるのだろうか。誰からか何らかの要求が働いていたということはないだろうか、ということである。
 世阿弥が秘伝として残した21種の能楽論書は、年代別による稽古の心得から演技論、演出論、能作の方法、更に能の歴史や能役者の芸風などにまで及び、世界に類をみないほどの実践的体系的芸術論を形作っている。私がこれまで目にし得たのは、日本古典文学大系65(「歌論集・能楽論集」岩波書店刊)に収められた「風姿花伝」「花鏡」「申楽談義」など八編であるが、父の観阿弥から受けた様々な教え、自分が会得した芸の奥義を文字にして残しておこうとする執念には、ひたすら感服するばかりである。
 数年前から歌舞伎役者のインタビュー、聞き書きを中心とした雑誌を発行している私の体験からすれば、芸に携わる者が芸について考えることにこれだけ執着する理由には、次のことが考えられる。一つには、自分が築き上げてきた芸に対して、限りない誇りと愛着を感じているということ。もう一つは、その誇るべき芸が、近い将来、滅びてしまうかもしれないという危機感を常に感じ続けているということ。世阿弥の抱いたであろう誇りと危機感のおかげで、私たちは、世阿弥没後556年後の現在も、「能」を目にすることが出来ると言えるだろう。
 さて、世阿弥の能楽論書の中で私が注目するのは、能を作るときは「本説(ほんぜつ)」(根拠とすべき説話、素材、典拠、出典のこと)を大切にしなさい、というくだりである。架空の話ではなく、既に世間に知られていること、実際に起こった可能性の高い事柄を使って能を作りなさい、ということである。これは、「風姿花伝」ばかりでなく、いくつもの本に書かれている。
 なるほど、全くの作り話よりモデルのいるものや有名な人物の伝記をドラマや映画に脚色したほうが、見る側の興味を引く度合いが高いことは、現在私たちも体験する。となると、「本説」を大切にしなさいと考えたのは、世阿弥だけではなく、今で言えばスポンサー、プロデューサー側の人間、当時なら足利義満やその周辺の要求でもあったと考えることが出来るのではないかと思う。実際に起こった一つの事件のいきさつを「能」にして見せることによって、支配者階級の一員であるだろう見物の人々を教育するという意味合いがあったのではないだろうか。目前にくり広げられる「事件」を再体験させ、深くものを考えるきっかけとする効果を期待していたのではないだろうか。その上、大事なたしなみとして能の稽古に励ませ、「事件」を追体験させようとしていたのではないだろうか。
 ここで私たちは、能作に携わった観阿弥、世阿弥を始めとする人々が、豊かな心の持ち主であったことに、深く感謝しなくてはいけないだろう。今回第6回招魂で梅若靖記さんが哀切の心を込めて舞われた「隅田川」(世阿弥の子、十郎元雅作)にも、人買いにさらわれた子を尋ね東へ下った母の想いがふんだんに込められ、見る者の心を打った。さつばつとした世紀末を感じさせる事件報道に心凍らせることの多い昨今、私は「豊かな心の記憶」をとどめる能と接することの幸せを、深く感じるのである。

<追記>ザ・かぶき第4号には梅若靖記さんのロングインタビュー「能の世界を知る」が掲載されています。靖記さんの能への熱い想いが一杯の内容で、歌舞伎ファンにも大変好評でした。

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昨年の第6回招魂(11月7日)「隅田川」にて
梅若丸の霊の役として出演していた子方(能では、子役を子方といいます。)さんに注目します。
プロフィール
山中景晶(やまなか かげあき)1992年(平成4年)5月6日生まれ 満6歳

血液型A型 長男 大阪に在住
祖父 山中義滋 父 山中貴博(共に観世流能楽師)
平成8年「鞍馬天狗」の花見の稚児役にて初舞台
現在月に1番のペースで舞台出演している。

以下お父さんの貴博さんに隅田川の時のことなどインタビューしてもらいました。
Q1.お能は好きですか。
A1.そりゃ好きです。
Q2.「隅田川」の子方の難しいところは、どこですか。 A2.難しくない!
   アメ玉がまずかった。(笑)
   (注釈:どうも塚の中にいる間に、お父さんに飴をもらっていたらしい。)
Q3.舞台にはどんどん出たいですか。 A3.出たい。
Q4.どんな能楽師になりたいですか。 A4.太鼓を打てるようになりたい。(太鼓の掛け声をまねながら)
Q5.お稽古は好きですか。 A5.すごい好き。
Q6.お能以外で好きなことは。 A6.ドラクエ(TVゲーム)
Q7.幼稚園は好きですか。 A7.好きなような、嫌いのような・・・。
子方を終えてのお父さんからの話です。 景晶君には、妹がいます。現在大阪に住んでいるので、隅田川のお役の時は、お母さんと二人で、東京に来ました。ごほうびに当時好きだったポケモン(ポケットモンスターという漫画があります。)の腕時計をもらったり、お父さんとお母さんの3人だけでホテルに泊まったりと、楽しい時間だったようです。そこで彼が、お父さんに聞きました。「東京っていいなぁ。今度いつ東京にいくの?」

緊急特集
能「関寺小町」について

来る5月12日(水)梅若先祖祭にて、梅若恭行師が三老女の一つである「関寺小町」を披く。

あらすじ:
7月7日の七夕に、関寺の僧が稚児たちを連れて、近くの山陰に住む歌道を極めている老女のところへ、歌の話を聞きに出かけます。老女は僧の問に対し歌の道の話をいろいろと始めます。そのうちに「わびぬれば 身を浮草の根を絶えて 誘う水あらば 往なむとぞ思ふ」(小野小町)の歌には、たいへん懐かしさを感じているようにみえます。そこで、僧はこの老女が小町のなれの果てであると察します。老女は昔の栄華を偲び、現在の零落を嘆きます。
七夕祭りの関寺へ誘われて老女がやってきます。そこで稚児の舞いを見ているうちに、昔豊明殿での五節舞を思い出し、老体ながらよろよろと舞いを舞ってみせます。そのうちに夜が明けてきて、老女はとぼとぼと帰っていきます。

三老女とは:
「檜垣(ひがき)」「姨捨(おばすて)」「関寺小町(せきでらこまち)」の三曲をいいます。いずれの曲も特別に重い曲として、たいへん大事に扱われています。そのため三老女の能は、あまり上演回数が多くありません。中でも「関寺小町」は、三老女の曲としても、最も重い曲とされ、上演はめったに行われません。まさに稀曲として、扱われています。
梅若家でも、昭和50年に先代五十五世梅若六郎が舞って以来24年ぶりの上演です。
今世紀最後の上演となるかもしれません。この機会に是非ご鑑賞賜れば幸いです。

お披き(おひらき)について
能では特別に扱われている曲が何曲かありますが、初めてその曲を演じることを披く(ひらく)、お披きといいます。


上演に際して
梅若恭行

皆様にはご清栄の御事とお慶び申し上げます。
さて、この度、皆様方のお陰を持ちまして、「関寺小町」を披(ひら)かせて頂くことと相成りました。能の世界では、「老木の花」という言葉に表されるように、老女物によって表現し得る境地は大変重んじられております。特に「檜垣」「姨捨」「関寺小町」は、三老女と呼ばれ、能楽師としての年齢や高い技術ばかりでなく、深い人間性や精神性が求められ、披くまでの道のりは、長く厳しいものでございます。中でもとりわけ「関寺小町」は、その玲瓏たる境地に至ることきわめて難しく、習うて習えぬ最奥の秘曲と言われて参りました。左様なればこそ、大切に伝えられてきた一番でございます。
この度、「関寺小町」を舞わせて頂きますことは、この上ない名誉なことと存じますれば、精一杯の舞台を勤めさせて頂く所存でございます。
今回の梅若先祖祭には、観世流御家元をはじめ、各御分家、梅若家分家の各先生方も御出勤されます。
つきましては皆様方のご高覧を賜りたく、お願い申し上げる次第でございます。



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