No.24 2006年
能楽師の日常?
梅若靖記

 武士は食わねど高楊枝などと申しますが、能は、武家社会の庇護の下に綿々と続いてきた背景がございます。他の伝統芸能は、ほとんど見本(けんぼん)にて演じられます。しかしながら能は、本を見ることは許されておりません。最近新作などでは、見本することもあります。
シテは覚えなければならないのは、当たり前のことですが、地謡までも暗記しなくてはなりません。そこで、どの様にして覚えるか?
 よく俳優さんが、セリフを覚えるのにいろいろな方法があるように。人によっては、散歩しながらお気に入 りの電信柱の間でセリフを覚えるそうです。能楽師もこれしかり、人によって様々なのです。
まずは、一人 で静かに覚えるタイプ。それも部屋にこもって、布団なんかかぶって、ぶつぶつ言うタイプ。その他に車の中や、どこかへ行って覚えるタイプ。家庭に持ち込まないタイプもいます。家では一切謡を謡わない人もいます。一方のべつ幕なし、所かまわず大きな声を出して、自分の声を聞きながら覚えるタイプ。どうしても覚えられないときは自分の声をテープにとって、何度も聞きながら覚える等という工夫もしています。その他に、雑踏の中で集中するタイプ。例えば、ファミリーレストランなどに行って、自分を異空間の中に押し込めて覚える。それでも、細かいところが覚えられないときは、その辺の物に当てはめて、無理矢理覚える。それなりの苦労をしているのです。常に次の曲に対して、準備をしなくてはなりません。たとえ、仕事がない日でも残念ながら休みにはなりません。昔は、二八と言って二月と八月には、余り催しがありませんでした。そこでゆっくり頭を休めるときがあったのですが‥‥現在では、冷暖房の設備の充実や、八月には薪能が盛んになり、なかなかゆっくり休める時期がなくなりました。
 さて、次にどの様に普段の練習をするのか?と聞かれることがあります。声楽家のように、毎日発声練習のパターンがあるわけではありません。強いて言うならば、お弟子さんに教えることがひとつの発声や練習になります。普通お弟子さんには、テープではなく直に謡って、舞って見せます。また、お弟子さんが稽古で舞っている時も、必ず先生が謡います。お弟子さんを稽古するたびに必然的にいろいろな曲を鍛錬することになります。もちろん役(舞台)の前には、まずは謡を覚え、その次に型(動き)を覚えます。それを体と頭に覚え込ませていきます。それでも絶えず頭から役が離れることはありません。暇があると絶えずイメージトレーニングをしています。そうして舞台に備えているのです。

定家
シテ:   都女・武子内親王ノ霊
ワキ:   旅僧
ワキヅレ: 従僧
間狂言:  都千本辺ノ者
季節:   十、十一月
場所:   京都千本
作物:   塚(定家葛這)

あらすじ
北国方の僧(ワキ)が花の都に着いた。神無月十日余りのことで、散り残る紅葉が美しい。にわかの時雨に僧がとある亭に雨宿りをしていると、里の女(シテ)から声をかけられた。聞けばこれは「時雨の亭」といって、あの有名な歌人藤原定家が建て、作歌したところだそうである。「偽りのなき世なりけり神無月誰が誠よりしぐれ初めけむ」とは、定家の歌である。時雨は今も昔に変らず、しかし亭は古びて、すっかり荒れている。「今日は命日ですから」と言う女に案内されて、僧は古い石塔の前に立った。
石塔には蔦葛がはいまとっている。これは式子内親王の墓だそうだ。その昔、内親王が賀茂の斎院をおひきになった頃、定家と深い契りを結ばれた。「玉の緒よ絶えなば絶えねながらえば忍ぶることの弱りもぞする(式子内親王)」。それで内親王が亡くなってからも、定家の執心は蔦となって墓にまつわる。「本当は私が、内親王の霊」といって、女の姿は石塔に重なるように消えた。(中入)
僧は法華経を読誦して弔った。すると石塔は、蔦葛に身をいましめられる内親王の姿(後シテ)と見えてくる。美しい貴人が今は闇の内に呻吟しているのだ。読経によって葛はとかれ、亡き者は立って報謝の舞(序之舞)を舞う。しかしやがて再び墓所へと埋もれて消える。

墓所に入る型に式子内親王の執念を現す特殊な型がみどころです。

定家における面について
前シテは、通常「若女(わかおんな)」か「増(ぞう)」を使います。後シテは地獄の責め苦を負う魂が亡霊となって現れる。その場合通常は「痩女(やせおんな)」の面が使われます。しかし、「泥眼(でいがん)」「増」「若女」などを使用することによって、女性の内面の執心を強く表現する場合もあります。それによって後の表現方法が変ってきます。流儀や演者の曲に対する解釈などで、使われる面も変ります。
また、故観世寿夫氏は、前後半を通して、「増」で、演じられたこともあると聞いております。現五十六世梅若六郎及び父故泰行は、「泥眼」か「痩女」で、演じることが多かったようです。

「定家」は今回の「招魂」で靖記氏の初演となります。どの様な面が使われるかも楽しみのひとつです。

能のミニ知識!
五小町:小野小町に関した現行曲
「関寺小町(せきでらこまち)」百歳及ぶ零落の小町。星祭りの宴に昔の幻影を追いつつ舞う
「鸚鵡小町(おうむこまち)」天皇の歌に一字を変えるだけで返歌した、老いても才気を失わぬ小町
「通小町(かよいこまち)」 恋の試練によって死んだ深草少将。執拗な男の執念と逃れようとする女心
「草子洗小町(そうしあらいこまち)」宮中の華やかな歌合わせに、小町は黒主の策謀による盗作の疑いを晴らし、和歌の徳を
                     讃えて喜びの舞を舞う
「卒都婆小町(そとばこまち)」百歳に及んでさすらう小町。僧との舌戦に示す衰えぬ驕慢の才気。
他廃曲「高安小町」「清水小町」を合わせると七小町(ななこまち)

キーワード「三」
三老女(さんろうじょ):特別の重い老女物
「檜垣(ひがき)」生前美貌の遊女だった白川に住む老女は、死後に地獄の苦しみを受ける。その様を語り、救いを求める
「姨捨(おばすて)」山に捨てられた老女は、絶対の孤独と悲しみの果てに悟りを得、月光の精と化して静かに舞う。
「関寺小町(せきでらこまち)」五小町参照
三鬼女(さんきじょ):後シテに般若面を用いる物
「道成寺(どうじょうじ)」安珍清姫伝説を元にした女の性と執念の恐ろしさを描いた作。
「葵上(あおいのうえ)」光源氏をめぐる恋の葛藤。貴婦人の深層心理に潜む鬼性を描き出す。
「安達原(あだちがはら)」孤独の果てに鬼と化した女。女性の業の深さを人食い鬼に託した作。
三修羅(さんしゅら):修羅物の難曲とされている物
「実盛(さねもり)」晴れの武装に白髪を黒く染めて戦死した老武者の心意気を描いた作。
「頼政(よりまさ)」平家討伐の兵を挙げ、平等院に無念の死をとげた老将の怨念と華麗な橋合戦の有様が宇治の景勝を背景
           に語られる。
「朝長(ともなが)」平治の乱に自害した十六歳の源朝長。悲劇に立ち会った宿の長(女性)の健気さと優しさ。
勝修羅(かちしゅら):修羅物のうちシテが戦勝者の物
「田村(たむら)」清水寺の花の下に戯れる美少年は、この寺の発願者である勇将として名高い坂上田村麻呂の化身。仏力を
           得て、鬼神退治の様を演ずる後場は見所。
「八島(やしま)」古戦場の哀愁な中で化身の漁翁が語る義経の武勲。勇姿を現した義経の亡霊は合戦の様子を舞ってみせる。
「箙(えびら)」箙にさした梅一枝。風流な若武者も、武人の宿業で修羅道の苦しみに翻弄される
三卑賤(さんひせん):魚鳥殺生の罪科を主題とした物
「鵜飼(うかい)」亡霊となってもやまぬ漁への後悔。法華経の功徳で亡者を極楽に送る閻魔大王。
「善知鳥(うとう)」殺生の罪を追求した作。地獄の化鳥に追われる漁師の人間的悔恨を描いた作
「阿漕(あこぎ)」密漁が露見して殺された漁夫の亡霊は、執心の網を海に入れ続ける。人間の欲望と人間の業を描いた作
三婦人(さんふじん):シテの女性の身分が高貴な物
「楊貴妃(ようきひ)」今は仙界にある楊貴妃が玄宗皇帝の想いを玉のかんざしに託す。
「定家(ていか)」式子内親王と藤原定家の間の秘められた恋。死後の世界でも女を呪縛し続ける男の情念。
「大原御行(おはらごこう)」寂光院に悲劇を語り合う後白河法皇と建礼門院。
三読物(さんよみもの):シテが文書を読み上げる物
「安宅(あたか)」山伏に身をやつした義経一行が、弁慶の気転で読み上げる勧進帳によって、危機を脱する作
「木曾(きそ)」木曾義仲の命により覚明は願書をしたため、八幡に奉納し倶利伽羅が谷の一戦に勝利する一行。
「正尊(しょうぞん)」義経暗殺の密命を帯びた正尊が空起請を読み義経を欺そうとするが弁慶の気転により、正尊を討つ。
喝食物(かっしきもの):「喝食(禅家の食堂で働く半僧半俗の少年)の面を付け、鬘のつけ方も特殊な物
            (特殊演出時には、「他の曲」でも喝食を用いることもあります)
「花月(かげつ)」清水寺の桜の下。芸尽くしを披露する美少年が、別れた父親と再会する作。
「自然居士(じねんこじ)」人買いから少女を取り戻そうと命をかけた居士の話
「東岸居士(とうがんこじ)」橋の普請の寄付集めのため、遊狂の舞をみせる居士。


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