No.26 2008年 
「講師デビュー」
梅若靖記

いきさつ:
去る5月9日と16日の二回母校成城大学にて能についての講義を持ちました。予てから自分のライフワークとして、民俗学の研究をしていきたいと思っておりました。学生時代あまりにテーマに懲りすぎて、卒業できなかったことが幸いしたのか、現在恩師の田中宣一先生の元に月一回勉強会に参加させて頂いております。そのご縁から、昨年声をかけて頂き念願の授業をさせて頂けるようになりました。去年は1コマの講義でしたが、今年は2回と言うことで、1コマ目は、能の歴史について2コマ目は、実物を展示しながら、実演しながらと言うことにしました。

講義の準備:
 さて、念願だったのですが、どの様な点から授業を進めていこうかと考える日々でした。まず能についてのレポートをまとめ、それを元にプランを練ることにしました。
昨年5月の連休中に時間をかけて書いたレポートを手直しして、テーマを12、文字数約15000字10ページのレポートを完成させました。改めて痛感したのは、講義をするには教えることの何倍も準備をしなければならないこと。学生時代は、気楽なもんだったなぁと思いました。

講義1コマ目:
さて、講義の1コマ目は先にご案内したとおり、「能の歴史」について、この講義は自分でも解っているのですが、こちらから一方的に話をするタイプです。案の定学生諸君はかなり退屈そうでした。学生からかなり遠ざかっている私でも、自分で言うのも何ですが、この授業はあまり面白いと思わないでしょう。ただ、ここを通って頂かないと次の授業にも進めないのです。能の歴史について諸説色々ありますが、私の中では起源は不明だと思っています。長い歴史の中で明確に答えを出せないことも多いと思います。解らないことは解らないという説があっても当然のことと思います。
最近では学生による授業の採点もあるそうですが、今回の私のは対象にはならないでしょうが、(ならないと思っているのですが)ちょっと気になる情報です。

2コマ目 面や装束:
第2回目は、謡を謡って見せたり、面・装束・小鼓など実物を提示して授業を進めていきます。本物の持つ力は改めて凄いと思います。また、実際に使っている物がこんなに自分の身近に見られる機会などあまりないと思います。ましいて、手に触れて、感じることが出来るのです。さすがに学生諸君目を輝かして授業を聞いてくれました。やはり今現在能楽師としての私が講師として講義が出来る強みだと思います。

講義を終えて:
 今回の講義が、それぞれに能をはじめ日本の伝統芸能に少しでも興味をもって実際に生活の中で、身近に感じて頂ければと思います。日本人として心豊かに自分たちの育んできた文化に対してもっと見直し、誇りに思って日本人としてのアイデンティティを確立していってほしいと思います。多くの学生がこれから社会に巣立っていくと思います。グローバル化が叫ばれていますが、その前に日本人であるという自覚を自分の足下からしっかり見つめてもらいたいと思います。

講義終了後のレポートを読ませてもらうと、伝統芸能への見方が変わったとか、先入観を持たずに固いというイメージで見てはいけないなど。また、面の左右不対称についてのことに興味を示すなど、伝統芸能への興味を持ってくれるお手伝いが出来たように思います。
また機会がありましたら、講義を持ちたいと思います。出来たらワンクールの講義を持たせて頂ければなどと願っています。


復曲能「大般若」について
昭和58年5月東京三宅坂国立劇場にて復曲初演

大般若
 シテ:前 怪男(或いは老人) 後 深沙(真蛇)大王
 ワキ:三蔵法師
後ツレ:飛天(天女)
     龍神
間狂言:大王の眷属


(あらすじ)
三蔵法師(ワキ)が大般若経を求めて天竺に渡る途中、砂漠に入り流沙河のほとり葱嶺の麓に出る。そこへ現れた男(シテ)は、この大河や山の渡り難き、超え難きことを述べる。この大河の主深沙(真蛇)大王こそ、三蔵の志を固めるため、前世に待ち受け、七度まで命を取った神だったのだ。しかし八度目の今度こそその望みの叶う時と、男は自分こそその深沙大王と告げ、川面を瑠璃の上を走るようにして消える。(中入)
大王の眷属(間狂言)が以上の次第と大王出現を告げ、二十五菩薩の音楽に連れて飛天(天女)二人が現れ舞い、三蔵の脇を取って河を渡す。やがて谷風とともに龍神二人が現れ、三蔵を拝すると、巌の中から大般若の経を担った深沙大王が登場する。三蔵に与えて共に読み上げる。三蔵は喜び経の岌を背負い、流沙に向かうと河は二つに分かれ、三蔵はやすやすと渡り、深沙大王も見送る。


梅若靖記に緊急事態発生!
去る2月2日の夕方より突然左肩が痛み出し、自分で自分の腕が支えられない状態になりました。当初五十肩かと思っていましたが、回復が遅いので、MRI診断を受けることになり、肩鍵盤の一部断裂と診断されました。思いの外重傷。しばらく仕事ができませんでした。原因は不明。完全断裂だと手術で、復帰までかなりの時間がかかるとのこと。幸いそれは免れたものの、骨折などよりも質の悪いものらしいのです。先ずいきなり筋肉を鍛えるとさらに痛めてしまうので、内側の筋肉を少しずつ強化し、徐々に外側の筋肉をつけ強化するしか方法はありません。
大分回復してきましたが、現在もリハビリ中です。


「翁」

 「翁」は数ある演目の中でも非常に神事の要素が強いものである。
特に年頭の時期に舞われる「翁」は、その年の天下泰平、五穀豊穣を祈るものである。 従って特に神経を使って準備し、その時に備える。現在は数日前から以前は一週間くらい前から精進潔斎をした。別火とし(火をわけるという意味で)家族とは別の食事となる。 手にするすべてに切石にて切り火をかける。当日の寝屋も翁が終わるまで直してはいけない等と様々な取り決めがある。また、楽屋も別になり、鏡の間に翁飾りがなされ、幕の中で御神酒と米を口に含み(写真→)まず舞台へ切り火をかけ、翁を先頭に全員に切り火を切り舞台へと向かっていく。
舞台中央で平伏し、シテは笛座のあたりにつく。鼓は三名で、頭を頭取という。また地謡も常とは異なる位置で囃子方の後ろに座る。後見及び地謡、囃子は、烏帽子と素襖を身に着ける。それもこの曲の特徴である。

先ず千歳が舞い、その間に翁が舞台で面をつける。(写真→)、その時言葉を発してはいけない。面の紐の調整は後見と暗号のようなやりとりがある。舞台上で表だって面を付けるのは珍しい。その後舞いを舞う。翁が舞い納めると翁と千歳は舞台から退場しする。その後狂言方による三番叟へと続く。




先にも述べたとおり、その年の安泰を願うものであるので、大きな失敗をしたり間違えたりすると災いがあると考えられている。従って舞台の内外は大変神経を使っている。とにかく無事に修まるように皆で祈念しているのである。 無事に勤め上げると、とりあえずほっとする次第である。







編集後記:
今年も早半年が過ぎてしまいました。東京地方の梅雨明けも待たれます。
今年の招魂の公演は遊行柳です。
どうぞたくさんのご参集をお待ち申し上げます。
時節柄お体大切にお過ごし下さい。


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