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No.28 2010年 |
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「執筆依頼が来た著書発行へ!」 梅若靖記 共著ですが、本を出版することになりました。表題は「アートプロデュースの現場」というそうです。 数人でプロデュースについての執筆ということになりました。 私については能の勧進についてとの依頼です。今までいろいろ経験したことを含めてとのとのことでした。執筆するにあたりプロデュースは日本語にすると勧進がよいかなぁ等と考えながら、構想を練りはじめました。正月明けより執筆をはじめました。先ずは資料を集めるために各方面に働きかけますが、なかなか見つかりません。 本を探し取り寄せたり、大学の図書館へ行き調べました。その後には年代などを綿密に調べることとなり、年表などとにらめっこしながら時代を認識し書いておりました。むろん書斎など持たない我が家にとってはパソコンの周りが資料の城壁と化しました。少しでも動かすと解らなくなってしまうため、「フリーズ」と家人に申し渡しました。しかしながら、こういう時に限って普段まめに掃除などしないのに?「掃除機がかけられない」と文句を言われる始末でした。 企画編集の方より「枚数指定などあまり考えずにとにかく書いてみてください」ということだったので、書き始めると色々歴史や過去のことから、経験したことなど次々とテーマが浮かんできました。指1本でキーボードを叩く作業がしばらく続きました。同じ姿勢で床に座り続けている時間が長かったため、腰を冷やし座骨神経痛が再発してしまいました。折りしも梅靖会の前の忙しいときで、とうとうコルセットをしばらくの間付けることになってしまいました。 四月末までの締め切りに、何とか間に合いました。 やっと脱稿すると、今度は編集者から少し長すぎるとのことでした。「いくらでも?という話ではなかったのか?いったいどこを削る?」うーんと首をひねる始末です。どこを削っても話のつじつまが合わなくなると思うし、ここはどうしても入れたいと思うところが多くありました。「最初にページ制限をいってくれたらよかったのにー!」と思いました。なんとか削り、校正を三度して、何度校正しても校正箇所は見つかるものです。添付資料をつけ、最後に自分で段組までチェックしてしまいました。 8月26日に論創社から出版予定です。 そもそも話の起こりは今年の三月まで成城大学で教鞭を執ってられた田中宣一先生(現成城大学名誉教授)から、経済学部の境先生を紹介して頂き、去年秋に経済学部で授業をしたことからのご縁です。今年も秋に一時間授業をする予定です。 前にもお話ししたことがあるかもしれませんが、大学時代に研究したテーマの学説を当時まだ研究者の間でも導き出せなかったことに自分で挫折して、卒論を若気の至りで書かなかったことがありました。今回執筆していて、当時を振り返り、卒論を提出することは何でもなかったような、なんであれほどこだわったのかと、思い起こすことでもありました。大学を離れて30年余り、なんだかその時の借りを返されたような気がしないでもないのですが・・・ 翁 父尉延命冠者について: 2010年1月9日梅若会初会にて、翁 父尉延命冠者(おきな ちちのじょうえんめいかじゃ)が、私が千歳で父と勤めて以来、約四十年ぶりで演能されました。常の翁とは異なり、千歳も面を付けます。古い翁の型とも言われております。 事の起こりは、梅若家には父尉と延命冠者のよい面があり、翁の小書き(特殊演出)で、しばらく父尉延命冠者が出ていませんねと楽屋で玄祥師と話しておりました。 まさか自分に廻ってくるとは! 翁はとても緊張して臨むものなのですが、特にしばらくぶりのものでしたので、何とか無事に勤められほっとしました。(千歳 松山隆之) 三老女の「姨捨」を勤めて: 昨年十一月父の追善の催しとして「招魂」にて秘曲三老女の一つ「姨捨」を披かせて頂きました。本来は「鸚鵡小町」「木賊」を披いてから三老女(檜垣・姨捨・関寺小町)を勤めさせて頂くのですが、両曲共に現在物で若輩の私にはかえって難しく思い、あえて能の最もオーソドックスな夢幻能の形式の「姨捨」を先に披かせて頂くことにしました。 この曲は「演じる」ところがありません。物語を淡々と進めていかなくてはなりません。姨捨山に義理の息子に捨てられた老婆の思いをひたすら映し出すだけです。捨てられ明日を迎えることがないことを知って、月の美しさに悟りを得て心洗われ「白衣の老女」となった老婆の思い、姿を。 八月末の玄祥師の稽古、一人で何回かの稽古、下申し合わせ、申し合わせを通して、いかに何もしないか、無駄をそぎ落としていくか、ひたすら考え稽古しました。 演じることができないという意味で、私にとってこの曲は能の原点をあらためて見直すことの出来た貴重な舞台になったと思います。 父の追善ということで地謡は玄祥師、土田さん、角当さんをはじめ父と共に舞台を勤めてきた方々に謡って頂きました。主後見には学生時代の友人で、梅若家と縁の深い観世分家の銕之丞さん、後見には父と交流の深かった吉之丞さんにお願いしました。三役は同年代の森常好君、大倉源次郎君、少し先輩の國川純さん、助川治さん、間狂言は大先輩の山本東次郎さんにお願いしました。 馬子にも衣装で、前シテは「納戸地に椿」の唐織、後シテは「秋草に虫」の長絹、面は前シテ「是閑の深井」後シテは「氷見の老女小町」を使わせていただきました。 こうした最高のメンバー、梅若家に伝わる名品で「姨捨」を勤めさせて頂けたのは幸せなことでした。 また、稽古を進めていく時、かつて観た五十五世六郎伯父、二世万三郎さん、父恭行、玄祥師の「姨捨」が無意識の中に浮かんできました。今は亡き五十五世六郎伯父、父恭行の教えが聞こえてくるような気がしました。こうした環境の中で「姨捨」を勤めることができ、伝統の大切さをあらためて考えさせられました。 「今年の「招魂」は11月13日(土)に開催いたします」 本年の「招魂」は11月13日の土曜日に開催させて頂きます。 演目は白髪を黒く染め若やいで討死した若武者を題材にした『実盛』です。 |
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