境新一 編「アート・プロデュースの現場」論創社
ISEN 978-4-8460-0927-4 C0070 \2,700-
<目次>
1.鑑るアートから買うアートへ/山本冬彦 (アート・ソムリエ)
2.演劇をプロデュースすること−公共劇場から考えること/奥山緑 (演劇プロデューサー)
3.聴く衣裳,効く衣裳/西原梨恵(衣裳デザイナー)
4.大衆を創る:テレビにおける「プロデュース」論/阿部勘一(成城大学准教授)
5.演奏様式と社会/小林義武(成城大学教授)
6.能の勧進 今昔/梅若靖記(能楽観世流シテ方)
7.伝承と発展/六世 杵家弥七(長唄杵家派家元)
8.アート・プロデュース&マネジメントへの誘い/境 新一(成城大学教授)
【編者 はしがき】
 本書は,筆者が成城大学で担当する総合講座U「感動を創る」(2009年9月〜2010年1月,全13回)で展開されたアート・プロデュース,“人を感動させる価値の創造と提供”の現場に携わる芸術家(アーティスト),研究者等のオムニバス講義のエッセンスを再現したものである。
 この講座の趣旨は,アートとビジネスが相互浸透する状況を踏まえて,感動を創る芸術・アートの社会性を理解し,人文科学と社会科学の交差点ともいえる,アート・プロデュース&マネジメントの意味,アートとしてのエンタテインメント産業をいくつかの視点から考察することである。そして,音楽・演劇,展覧会,展示会,ファッションショーなどの様々なイベント事例をとりあげ,創造と運営,プロデュース&マネジネントの役割と対象を様々なアート・シーンに関わるゲスト・スピーカー(アーティスト,研究者等)の講義も交えながら紹介し,アート・プロデュースの本質を理解することを目標とした。
 筆者自身,学際的な総合講座の企画は初めての経験であり,学生諸氏に受け入れられるか,不安もあった。しかし,ふたを開けると,200名を超える多数の受講者に恵まれた。また,ゲスト・スピーカーについては私自身が拝聴したいと考え得る最高の顔ぶれとなった。 彼らの専門分野は,絵画,演劇,衣裳,テレビ(メディア),音楽(日本,欧米),伝統芸能(日本の能楽,長唄)と広範囲に及ぶ。勿論,分野の組み合わせは自由である。彼らはアーティストとしては勿論,プロデューサーとしても手腕を発揮されている点に特徴がある。本書ではこのうち以下の8つのテーマをとりあげている。簡単に紹介したい。

1.鑑るアートから買うアートへ/山本冬彦
山本氏は,現在,学校法人理事の地位にある。その一方で,彼は約30年間にわたり,毎週末に銀座・京橋界隈のギャラリー巡りをし,「サラリーマンコレクター」「アートソムリエ」と称される。アートの生産者・販売者・ユーザーの現状,アートソムリエの活動,ギャラリーツアーと若手作家発表の場づくり,無名の作家を買うことの意義などが述べられている。

2.演劇をプロデュースすること−公共劇場から考えること/奥山緑
奥山氏は,数々の実績をもつ演劇プロデューサーであり,世田谷パブリックシアター,銀座セゾン劇場,舞踏・山海塾などの制作に関わった。プロデューサーが気にすること,なぜプロデューサーになろうと思ったか,公共の劇場,演劇の現場で働く人,プロデューサーに必要なもの,目指すもの,具体的なプロデューサーの仕事,応用演劇の可能性などに言及されている。

3.聴く衣裳,効く衣裳/西原梨恵
西原氏は,期待の若手舞台衣裳デザイナーである。現在,バレエ,ミュージカル,演劇,サーカスなど幅広く手がけている。衣裳の世界に入るきっかけ,聴く衣裳・効く衣裳の意味について語られている。

4.大衆を創る:テレビにおける「プロデュース」論/阿部勘一
阿部氏は,情報社会学,消費論,テレビプロデュース論を研究されている気鋭の学者である。テレビ放送の位置と意味,テレビ制作者たちのテレビ論,テレビプロデュース論,大衆のあり方とテレビプロデュース論などの具体的なテーマが論じられている。

5.演奏様式と社会/小林義武
小林氏は,17年間にわたりドイツに学び,J.S.バッハをはじめとする18世紀のバロック音楽研究の権威である。宮廷,教会,市民,演奏様式,記譜法の違い,楽器の違い,ピッチ,奏法の違い,解釈の違い,合唱団の構成などに言及されている。

6.能の勧進 今昔/梅若靖記
梅若氏は,名門の能楽師でありプロデューサーである。能に見られる「勧進」,能の公演と時代変遷,能のプロデュース,海外公演に必要な知識(カルネ,ビザ,労働許可,海外事業の契約など),プロデューサー創り,人脈作りなどが詳しく記されている。

7.伝承と発展/杵家弥七
杵家氏は,伝統を継承する長唄杵家派家元,六世杵家弥七である。長唄協会理事をはじめ,日本の文化を考える協同組合「季座」(TOKIZA)代表理事などの要職にある。長唄概説(長唄,三味線,歴史,演奏と作法など),文化譜の創造,新渡戸稲造との出会い,「季座」の目指すもの,教育指導要領の改訂,伝承と発展の意味について総括されている。

8.アート・プロデュース&マネジメントへの誘い/境 新一
 最後の章は,上記7テーマからの示唆および筆者自身のイベントプロデュースの経験を踏まえ,アート・プロデュース&マネジメントの理論的枠組みについての試論である。創造とパラダイム,イベント,芸術とアート,プロデュース&マネジメント,プロデューサーの仕事・種類・役割,企画書の作り方,プロデューサーの到達点について述べている。

 今日,アートとビジネスは相互の関わりなしには存続しえない。アートはビジネスに, ビジネスはアートに影響を与える。アートとビジネスの出会いは,究極のところ異分野の人々相互の出会いに尽きる。人々の出会いは単純な彼らの総和ではなく,単体の性質を超えた化合であり,異次元のものを創造する原点である。縁を結び,縁を尊び,縁に随うことによって,人を感動させる価値の創造および提供がなされる,そしてプラスαとしていかなる価値を加えるかが重要だ。
本書において,感動を創るという目標がどの程度達成されているかは,心もとない限りであるが,筆者は彼らの並々ならぬ意欲にあふれた講義と学生の反応を鮮明に記憶している。あとは読者の皆様の率直なご意見,ご感想を頂戴できれば幸いである。
 最後に,上記アーティスト・研究者等との縁を導いて下さった,成城大学名誉教授の田中宣一先生,同大学企画調整室の高柳昌人氏,声楽家・松永知子氏,そしてご出講ならびに原稿をお寄せいただいた皆様に,心より厚く御礼申し上げる。また,本書の刊行につき論創社をご紹介下さった,慶應義塾大学名誉教授の小松隆二先生,東北福祉大学教授の長谷川雄一先生に重ねて御礼申し上げたい。そして同社・編集担当の松永裕衣子氏には原稿の収集・整理・構成などに関して多大なお世話になった。ここに深く感謝申し上げる次第である。 

2010年6月 研究室にて 境 新一
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